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大阪地方裁判所 平成7年(行ウ)18号 判決 1996年3月19日

大阪府守口市東光町三丁目二四番地の二

原告

奥田信雄

右訴訟代理人弁護士

仁藤一

桑山斉

大阪府門真市殿島町八番一二号

被告

門真税務署長 猿橋崇史

右指定代理人

巖文隆

桑名義信

森将浩

松本正信

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成六年一月二一日付けでした原告の平成四年分の所得税の更正処分のうち納付すべき税額五五万三七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、各処分につき異議決定により一部取消し後のもの)を取消す。

第二事案の概要

一  本件は、建物及びその敷地の用に供されている土地の借地権の譲渡について、居住用財産の譲渡所得の特別控除に関する租税特別措置法(以下「措置法」という。)三五条の適用の有無が争われた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、診療所(内科及び理学診療科)を経営する医師であるが、昭和三〇年に取得した別紙物件目録一1記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその敷地の用に供されている同目録一2記載の土地についての借地権(本件建物と併せて以下「本件物件」という。)を平成四年四月一日に良田晋輔(以下「良田」という。)に二三七五万円で譲渡した(以下「本件譲渡」という。)。

2  原告の平成四年分の所得税の課税の経緯は別表1のとおりである。

3  原告は、本件譲渡に関する所得(以下「本件譲渡所得」という。)について、居住用財産の譲渡所得の特別控除に関する措置法三五条を適用し、分離長期譲渡所得金額を零円とする平成四年分の所得税の確定申告を法定期限内にしたところ、被告は、平成六年一月二一日付けで、同条の適用を認めず、分離長期譲渡所得金額を二一五六万二五〇〇円とする旨の前記更正処分(以下「本件更正処分」という。)及びこれに係る過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をなしたものである(ただし、右各処分の一部は別表1のとおり異議決定により取消された。)。

4  本件譲渡所得は、措置法三一条に規定する分離長期譲渡所得に該当するものであり、譲渡所得の算出に当たっての、

(一) 収入金額は、本件物件の譲渡代金二三七五万円、

(二) 取得費は、措置法三一条の四第一項及び国税庁長官通達「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて」(昭和四六年八月二六日付け直資四-五)三一の四-一に基づき、右(一)の収入金額に一〇〇分の五を乗じた金額一一八万七五〇〇円、

(三) 譲渡費用は、本件譲渡の契約書に貼付された収入印紙に係る支出二万円、

である。

5  また、本件譲渡所得以外の原告の平成四年分の総所得金額、所得金額から差引かれる金額、課税総所得金額並びに源泉徴収税額及び予定納税額は、それぞれ、別表2記載の(1)、(3)、(4)、(8)及び(10)の各欄記載のとおりである。

三  原告の主張

1  本件建物は、平成四年四月一日の本件譲渡当時現に居住の用に供している家屋であった。すなわち、原告は、三〇歳代の前半から本件建物に居住し、同所において内科医院を開業し、別紙物件目録三記載の建物(以下「東光町の建物」という。)に診療所を移転した後も原告の所有する同目録二記載の建物(以下「枚方市の建物」という。)より本件建物の方が診療所への通勤時間がかなり短くて済み、休息の時間を多く取ることができること、及びこれらに加えて、本件建物に原告が住むことにより不法占有者の出現や、本件建物の廃墟化による近隣への迷惑を防止できるという事情もあって、原告は、平成四年四月末に東光町の建物に転居するまで本件建物を生活の本拠として居住していたものである。

枚方市の建物は、原告の二女夫婦の居住用建物であり、原告の妻も昭和五六年以降同建物で寝起きしているものであるが、これは股関節及び膝関節の病気により歩くことが不自由であることから、原告の二女に日常の世話をしてもらわざるを得ないという事情によるものである。

2  したがって、本件譲渡所得は、居住用財産の譲渡所得の特別控除に関する措置法三五条一項の適用を受けるべき所得であるから、右二4の(一)の金額から同(二)(三)の金額及び右特別控除額を控除することができ、本件譲渡所得の額は零円となる。同項の適用を認めなかった本件更正処分のうち当初申告に係る納付すべき所得税額五五万三七〇〇円を超える部分は違法であり、本件賦課決定処分もまた違法である。

四  被告の主張

1  原告の平成四年分の譲渡所得金額は、右二4の(一)の金額から同(二)(三)の金額及び措置法三一条四項の長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除した残額二一五四万二五〇〇円である。

したがって、原告の納付すべき平成四年分の所得税の額は別表2のとおり七〇一万六三〇〇円となり、これに係る過少申告加算税の額は別表3のとおり八五万一五〇〇円である。

2  措置法三五条一項に定める「個人が、その居住の用に供している家屋で政令で定めるもの」とは、個人がその居住の用に供している家屋(当該家屋のうちその居住の用以外の用に供している部分があるときは、その居住の用に供している部分に限る。)であり、その者がその居住の用に供している家屋を二以上有する場合には、これらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋に限ることとされている(措置法施行令二三条一項)。

そして、措置法三五条一項にいう「居住の用に供している家屋」とは、真に居住の意思をもって客観的にもある程度の期間継続して生活の本拠としていた家屋をいうのであり、生活の本拠としていたかどうかは、その者及び配偶者等の日常生活の状況、その家屋への入居目的、当該家屋の構造及び設備の状況その他諸般の事情を総合勘案して判定すべきものと解すべきである。

3  原告は、昭和三〇年ころから昭和五六年六月までは本件建物に居住していたものの、以後は原告の妻、二女夫婦らとともに、枚方市の建物に居住しているものであり、少なくとも、昭和六二年から本件物件が譲渡されるまでの間は、本件建物は原告の居住の用に供されていなかったものである。

措置法三五条一項は、居住の用に供されなくなった日から同日以後三年を経過する日の属する年の一二月三一日までの間に譲渡することが同項を適用する要件の一つと定められているところ、右のとおり、本件建物は、原告の居住の用に供されなくなってから少なくとも五年以上経過して譲渡されたものであるから、本件譲渡所得に同項を適用する余地はない。

五  争点

本件譲渡所得について、措置法三五条一項に規定する居住用財産の譲渡所得の特別控除が認められるか、すなわち、本件建物が同項の「居住の用に供している家屋」に該当するか否か。

第三争点に対する判断

一  措置法三五条一項は、個人の所有する居住の用に供する家屋等(居住用資産)を居住の用に供しなくなった日から三年を経過する日の属する年の一二月三一日までに譲渡した場合には、課税譲渡所得金額の計算上三〇〇〇万円までが特別控除額として控除される旨を定めているが、これは居住用資産を譲渡した場合には譲渡者は他の居住用資産を購入する蓋然性が高く、居住用資産の譲渡の場合には担税力が弱いことを考慮し、所得税の負担なくして通常程度の居住用資産を取得することを可能にする趣旨に出たものである。このような立法趣旨からすれば、同項にいう「居住の用に供する」とは、真に居住の意思をもって客観的にも相当期間生活の拠点として利用していることを要するものと解すべきであり、これに該当するか否かについては、当該譲渡者及びその配偶者等の家族の日常生活の状況やその家屋の利用の実態、その家屋の入居目的、その家屋の構造及び設備の状況等の諸事情を総合的に考慮し、社会通念に従って判断されるべきである。そして、措置法施行令二三条一項、二〇条の三第二項において、居住の用に供している家屋を二以上有する場合には、これらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋に限るものと規定されているのも同様の趣旨に出たものと解される。

二  そこで、本件譲渡において、本件建物が右の意味で原告の居住の用に供されていたか否かについて検討する。

1  前記争いのない事実に、甲第一二ないし第一五号証、第二二号証、乙第二ないし第四号証、第八ないし第一一号証、第二三号証及び原告本人尋問の結果(甲第一六号証を含む、以下同じ。)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 内科医である原告は、昭和三〇年二月に本件物件を取得し、昭和四四年三月には枚方市の建物をその敷地とともに購入した。

(二) 原告は、昭和六〇年七月に原告の二女福井和子(以下「和子」という。)及びその夫福井武彦(以下「武彦」という。)と共同で東光町の建物を取得した(持分は原告が七分の四、和子が七分の一、武彦が七分の二)。

(三) 枚方市の建物の敷地は昭和五六年一一月に原告の妻淑子(以下「淑子」という。)に持分六分の一が贈与され、また、東光町の建物は平成二年一一月に持分の七分の二が原告から武彦に移転されている。

(四) 本件物件は、平成四年四月一日に良田に二三七五万円で売却された。

(五) 原告、淑子及び二女夫婦の住民登録の異動状況は、別表4記載のとおりである。

2  原告は、その本人尋問において次のとおり供述し、証人福井武彦(甲第二二号証を含む。)もこれに副う内容の供述をする。

(一) 原告は、診療所を開業するために昭和三〇年に本件物件を取得し、同所で家族ら(和子及び子供三名、実父並びに実弟)と居住する一方、同所を診療所としても使用していた。

(二) 原告が昭和四四年三月に枚方市の建物を購入すると、まず、実父が同建物に移り、昭和五一年には和子が武彦と婚姻して枚方市の建物に移転した。その間に原告の子供達や原告の弟も順次独立して本件建物を離れていった。

(三) その後淑子も孫の世話や自らの関節の障害のため和子に面倒をみてもらう必要から枚方市の建物で和子夫婦と同居するようになったが、原告は、本件物件に愛着があったことやその保安上の必要から一人で本件建物に居住を続けた。

(四) 原告は、昭和六一年には診療所を東光町の建物に移したが、その後も通勤に便利なこともあって、本件譲渡に伴い平成四年四月末に東光町の建物に引っ越すまで本件建物を生活の本拠としてここに居住していた。

(五) 原告が、枚方市の建物に住民票を移したのは、その持分を妻に贈与するに当たり配偶者控除を受けるためであり、原告は現実には枚方市の建物に居住したことはなく、枚方市の建物を訪れること自体年数回程度、泊まることは正月以外はせいぜい年一回しかない。

3  しかしながら、右原告らの各供述等のうち、原告が平成四年四月末まで本件建物に居住していたとの部分は到底信用することができない。その理由は以下のとおりである。

(一) 乙第一号証、第一二、第一三号証、第一四号証の一、二によれば、昭和六二年以降本件譲渡までの本件建物における電気、ガス及び水道の使用量(検針の際に使用量として記録されたもの)は別表5のとおりであって、ごくまれに若干量の使用があるものの、ほとんどが零であり、全体としても極めて少ないことが認められる。

これについて、原告は、その本人尋問において、原告の日常生活は、朝は朝食をとらずに東光町の診療所に出勤し、昼食及び夕食は外で済ませ、本件建物には夜遅く帰ってきて就寝するだけであり、安全のため電気のブレーカーを切り、建物全体のガスの元栓を閉めておき、本件建物では冷蔵庫や冷暖房も使用せず、夜間も電灯を使わず懐中電灯を使用し、入浴は銭湯を利用し、東光町の建物で沸かした湯をポットに入れて本件建物に持ち帰っていたし、洗濯物は和子が取りに来ていたので、電気、ガス及び水道をほとんど使用しなかったと供述している。

ところで、甲第二ないし第五号証によれば、電気、ガス及び水道の検針の際はメーターの指示量に端数(電気の場合一キロワット時未満、ガス及び水道の場合いずれも一立方メートル未満)があるときは、これを翌月に繰り越して使用量を計算することとされていることが認められ、使用量が零であるからといって当該月に全く使用がないとは限らないことは認められるものの、別表5による電気の使用量は平成四年五月の八キロワットを除く四三か月で七キロワット未満、ガスは六四か月で七立方メートル未満、水道は平成二年一〇月・一一月の一二立方メートルを除いては、その前後それぞれ四二か月、一八か月で各一立方メートル未満の使用量に過ぎない。

しかしながら、たとえ原告が本件建物では毎日夜寝るだけのような生活をしていたとしても、乙第二四、第二五号証に照らすと、電灯や洗面水、水洗便所の使用等を考えれば、右のように相当長期間電気、ガス及び水道の使用量が異常に少ないことはまず考えられないところであり、原告の右供述内容も通常人の生活としても極めて異常なものであるばかりでなく、原告が開業医であり、しかも大正九年一一月生まれの高齢者であることをも考えると、右供述は到底信じがたいことといわなければならない。

(二) 乙第二一号証及び原告本人尋問の結果によれば、電話機も診療所の移転に伴い東光町の建物に移転した後は本件建物に設置されておらず、本件建物の近隣の住民も、原告が昭和六〇年か同六一年ころ東光町に診療所を移した後はその姿をほとんど見かけなくなったと述べていることが認められる。

(三) 甲第一一号証、乙第五、第六号証、第一五ないし第一七号証及び原告本人尋問の結果によれば、住宅地図では本件建物の所在地に「末弘興業(株)(原告の同族会社) 奥田医院 奥田信雄」と記載されている一方、枚方市の建物の所在地にも「奥田信雄 福井武彦」と原告の氏名が記載されており、枚方市の建物の電気、ガス及び水道の使用者はいずれも原告の名義でその住所も枚方市の建物所在地、料金の支払いは淑子名義の銀行口座からの口座振込となっていること、そもそも枚方市の建物は本件建物が手狭であったことから購入したものであることがそれぞれ認められる。

(四) さらに、原告が本件建物に居住する理由としてその本人尋問で供述する点についても、次のとおり多分に疑問がある。

(1) 乙第二六号証及び原告本人尋問の結果によれば、枚方市の建物から東光町の建物までは電車と徒歩で合わせて四五分程度を要し、一方本件建物から東光町の建物までは徒歩で一五分程度かかることが認められるから、確かに本件建物の方が東光町の建物への通勤には便利であるけれども、右掲記の証拠によれば、徒歩時間はほぼ同じであることが認められるし、甲第七号証の五、乙第二六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は枚方市の建物から東光町の建物の診療所に通勤するのが肉体的に大変きついから本件建物に居住していたと供述しながら、夜は東光町の建物からわざわざ電車に乗って枚方市の建物から電車と徒歩合わせても一〇分とかからない場所にある飲食店をしばしば訪れていたことが認められることからすれば、枚方市の建物からの通勤が体力的に困難であるとか、本件建物からの通勤に比べて極めて不便であるというほどのものとは考えられない。

(2) 原告が枚方市の建物で妻や和子の家族と同居することについても格別の支障があるとも認められない。原告は、原告は和子の子供(原告の孫)達から煙たがられていた旨供述するが、甲第一五号証及び乙第三号証によれば、枚方市の建物は一、二階合計で床面積が約三五〇平方メートルと相当広いことが認められることからしても、右事情は、原告が同建物に同居せず、あえて単身で本件建物に居住するだけの合理的な理由とはいえない。

(3) 原告本人の尋問の結果によれば、原告は、本件物件の地主と以前にいさかいを起こしたことがあったため、本件物件を譲渡することはできないので本件建物を賃貸することを、東光町の建物に診療所を移転してからずっと考えており、業者に依頼したこともあったが引き合いがなく、そのうち平成元年か同二年ころから、隣でパチンコ店を営む良田から原告に対し同店の駐輪場として使用する目的で本件物件を買取りたい旨の申し出があり、良田の側で地主との交渉をした結果承諾が得られ、本件譲渡に至ったことが認められるのであり、このことからすると、単身でも住み続けるほど原告が本件物件に強い愛着を持っていたかどうかについても疑問がある。

(4) 保安上の必要の点についても、必ずしも毎日本件建物に寝泊まりしなければその目的を達することができないというものではなく、また、原告の供述する程度の利用状況で、本件物件の保安が確保されると言えるかも疑問である。

ちなみに、甲第一七号証によれば、原告は、本件譲渡のころ、本件建物から家具類を東光町の建物に運んだことが認められるが、本件建物に家財道具があったからといって、直ちに同所が生活の本拠であるといえないことはいうまでもない。

4  以上認定してきた各事実によれば、遅くとも昭和六二年以降、時に原告が本件建物に寝泊まりしていたことがあったとしても、原告の日常生活の主たる拠点が本件建物にあり、右建物が居住の用に供されていたと到底認められないというべきである。

したがって、本件建物は、措置法三五条一項にいう「居住の用に供する家屋」には当たらず、本件譲渡には同項の特別控除の適用は認められない。

三  以上のとおりであって、原告の譲渡所得金額は、被告主張のとおり二一五四万二五〇〇円となり、本件処分に係る他の点についてもすべて争いがなく、本件処分及びこれに伴う本件賦課決定処分(ただし、各処分につき異議決定により一部取消し後のもの)はいずれも適法である。

よって、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 福富昌昭 裁判官 加藤正男 裁判官 大島道代)

物件目録

一1 守口市土居町一番地所在

家屋番号 六九番

木造瓦葺三階建店舗 一階ないし三階 各二七・一四平方メートル

2 守口市土居町一番

宅地 二五四・五七平方メートル

二 枚方市伊加賀北町七九番地所在

家屋番号 七九番

木造瓦葺二階建居宅 一階 二七九・九九平方メートル

(別表1)

課税の経緯

<省略>

(別表2)

譲渡所得及び所得税の計算

<省略>

(別表3)

過少申告加算税の計算

<省略>

別表4

住民登録異動状況一覧表

<省略>

別表5

本件譲渡建物における水道光熱使用量

<省略>

<省略>

<省略>

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